Subio

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生命科学は、いまや医療・美容健康・農業・食品・環境・エネルギー等幅広い産業における発展に貢献する基礎科学として大きな期待を背負っている。この生命科学において、オミクスは大きなインパクトを持つ技術革新であったが、次第に膨大なデータを解析し、解釈することの難しさが明らかになってきた。しかし、産業に発展をもたらす質の高い研究結果を得るためには、データを蓄積するだけでなく実験生物学の研究において活用することは不可避の問題である。
経営学的視点から、現在直面しているオミクスをとりまく問題を概観すると、次のようになる。

  1.  研究コストが異常に高い。
    オミクス関連の実験装置・試薬・解析ソフトウェアは、最先端の科学技術を応用した分野であるから、それなりに高価になることはある程度仕方がないとはいえ、日本の研究者が購入する場合、欧米に比べて数倍〜十数倍という価格に正当な理由があるだろうか。これほど大きな価格差があれば、日本の研究開発の国際競争力が低下するのは仕方がない。発注側および受注側にそれぞれ個別の問題はあるものの、相互に影響しあって不透明性と非効率性を助長してきた歴史こそ問題の核心である。多くの利害関係者が絡んでいるため、政治的な外科的処置が難しいことは先の事業仕分けの結果を見ても明らかである。研究者の意識改革により、この問題を自らが責任の一端を担っていて、且つ自らが損害を被っているものと捉え直し、内側からの変革を促す方策を考えなくてはならない。

  2.  生物学者とデータ解析研究者の溝。
    オミクスは生命科学の一分野であるから、その研究において生物学者が果たす役割は、自ずと重要である。生命現象は非常に複雑で、論理的な整合性を超えたものであるため、ITや統計学を駆使すれば何とかなるというものではない。実験生物学者の暗黙知と直感をデータ解析に反映させなければ、質の高い研究につながらない。しかし、実験生物学者とデータ解析研究者との間に溝があり、この分裂状態が全体として研究能力を阻害するという問題が指摘されて久しい。今でも多くのデータ解析研究者が、エンドユーザー(実験生物学者)にとってのユーザビリティや利便性を向上させることは自分の仕事でないと感じている。むしろ、ある種の特権を生み出している現在の状況を固定化する方にインセンティブがあり、たとえ全体として研究開発能力の阻害要因となるとしてもこれを解決しない方がよいという矛盾すら存在する。長年にわたって問題が解決されないままなのは、その解決に向けた努力が散発的かつ個人的な善意のレベルを超えないからで、その背景に研究者としてのキャリアアップの制度にインセンティブの構造的問題があると捉え直すのがよい。

  3.  フリーの問題。
    生命科学の研究の大半は公的資金で行われているため、フリーで利用できる資源が多い。フリーのオミクス実験データのデータベースやデータ解析ツールが充実していることは、普通に考えると、研究の促進につながるだろうと期待する。特に、第一に挙げた問題を抱える日本の研究者にとって、フリーの資源は頼みの綱とも言える。しかし、多くの実験生物学者はこれを有効活用できておらず、恩恵を受けているのは一部のデータ解析研究者にとどまっている。理由は、フリーは必ずしも「ゼロコスト」ではないからである。フリー資源を利用する場合、学習、問題解決、メンテナンスを自己責任で行うコストをユーザーが負担しなければならないが、これが高いか安いかはその人のスキルに依存する。一般にITスキルが低いほどこのコストは高いものになるので、多くの実験生物学者にとってフリー資源は高くつくのである。この貴重なフリー資源を有効活用するには、従来の「フリーを作る」視点ではなく、「フリーを活かす」視点からの新しい枠組みが必要である。

以上のように考えると、オミクスを取り巻く問題の解決は一筋縄ではいかない。しかし、問題の本質が当事者自身に解決しようとする意識とインセンティブが欠如していることで負のスパイラルに陥っていることだと捉え直すと、経営学的手法は少なからず役に立つものと考える。我々は、当事者の自浄作用を活性化する新しい触媒として、下記のビジネスモデルを考え、これを実行する実行体として株式会社Subioを設立した。

まず、我々は上記の目的を果たすために、次の条件を自らに規定した。

  1.  研究者と利害対立しないために、金銭による報酬を受け取る企業体であること。
  2.  特定技術に依存せず、公正な判断と情報提供ができるよう、独立資本で自立すること。
  3.  特定顧客・団体の意向に束縛されないよう、広く薄く課金する収入基盤を持つこと。
  4.  研究者と関連産業を助けることが収益につながる、自らのインセンティブを持つこと。
  5.  参加者に利益を還元し、我々に協力する多様なインセンティブを提供すること。

その上で、下記のビジネスモデルを策定し、実行している。

  1.  オミクスデータの管理、視覚化、共有化機能を持つソフトウェア基盤として、Subio Platformを無償配布する。Subio Platformは実験生物学者にとって直観的に操作できるよう設計されているのが特徴で、実際にその点でユーザーから高く評価されている。GEO(フリーのオミクス実験データのデータベース)やR(フリーの統計解析ツール)とスムーズに連携作業ができるようになっており、実験生物学者がフリー資源を利用しやすくする窓口の役割を果たす。さらに、研究者どうしで簡単にデータ共有する仕組みにより、かつてない豊かなコミュニケーションと共同作業の場を実現する。これまでオミクスと接点が少なかった実験生物学者にもオミクスを利用するきっかけを提供することにより、データ解析研究者側に偏り過ぎているオミクスを、実験生物学者とデータ解析研究者の中間地点に引き戻す役割を果たすことができればと思っている。

  2.  顧客向けの情報はウェブサイトより一元的に、英語で発信する。居住地、母語、所属機関、研究目的などで差別せず、世界中のユーザーを等しく扱う。弊社の製品・サービスは、世界中のユーザーが同じ価格で、クレジットカードで購入できる。日本人には日本語でというのは時代錯誤の甘言である。弊社は発信する情報をほとんど日本語化しない代わりに、そのコストを「日本価格」に転嫁しない。日本独特の取引慣習による事務コストは、その分を明示的に顧客に負担してもらい、不透明かつ不当な価格転嫁をしない。日本の研究者が特異な要求をすればするほど、価格を吊り上げる理由を与えてしまうトリックに気が付くきっかけとなればと期待する。自ら高コストの理由を与えないように変わることで、その後価格交渉に大きな余地が生まれる。中国やヨーロッパに解析をアウトソーシングすることも道具にすると、速やかに価格是正が行われることも夢ではないだろう。さらに、今後ますます産学官連携や国際連携が盛んになるだろうが、弊社の製品やサービスはそのような共同作業において障害とならないよう配慮している。

  3.  実験生物学者にとって、前述の通りフリー資源を利用することが難しい場合が多い。このような方には、基本的な解析機能をプラグインとして販売する。さらに高度な解析が必要であれば、プログラミングサービスを提供する。その他の技術的なサポートが必要な方にも、多様なサービスを提供できる。これらの製品・サービスを前述の通り世界中の研究者に同一価格で提供するため、BRICS等の新興国を含む国際競争において十分に競争力を持つ価格に設定している。弊社は、設立当初からこのような価格戦略を念頭に置いて組織設計することで、圧倒的な低コスト体質を実現した。しかも、日本人技術者だけで構成し、世界最高水準の品質を確保しているのが特徴である。

  4.  Subio Platformをインフラとして、データ解析研究者にも開放し、データ解析研究者が開発した解析手法をプラグイン化するサービスを提供する。データ解析研究者はこれまで通りアルゴリズムの開発に専念し、使い勝手の良さとアフターケアを弊社が補完することで、エンドユーザー(実験生物学者)にとって完全なソリューションを提供することができる。パートナーが開発した解析プラグインの売上は、開発者と弊社で分けあう。Subio Platformを介した解析ツールの配布は非独占的なものなので、同じツールをフリーツールとしてデータ解析研究者のコミュニティに向けて並行配布することが可能である。この場合、使い勝手やサービス等のフリーツールにはない付加価値分にだけ課金することになるので、文字通りリーズナブルな価格を実現できる。一方、解析ツールを提供した見返りを現金で還元することは、データ解析研究者に新しいインセンティブを導入すると同時に、研究者を科研費等の束縛から開放する道筋を示すことにもなる。健全で生産的な研究活動は、自由な意見表明と試行錯誤が実現できる環境の上に成立するものなので、研究者の自立を具体的に支援する仕組みはとても重要である。

弊社は50余名の一般の方々から出資して頂いており、VCからの出資は受けていない。弊社の株主は上記の趣旨に賛同して頂いた方々であり、利益の追求を第一目的としない経営方針を尊重して下さっている。また、お客様にも弊社の経営方針に共感し、積極的に支援して下さる方が多くいらっしゃる。弊社が現実に上述の経営方針に邁進できるのは、このような方々のおかげである。そのことに我々は心より感謝し、深い敬意を抱いている。





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